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    アシックスジャパン本社ビル

    社員が安心して働ける場をいち早くつくる

    2011年3月11日。東日本大震災によって、東京都墨田区にあったアシックス旧東京支社ビルも被害を受けました。地震発生直後、社員の方々は一斉にビルの外に駆け出し、ゆっくりと揺れる建物を不安げに眺めるしかありませんでした。

    本プロジェクトが始動したのは、その年の夏。以前から移転計画はありましたが、一刻も早い新社屋への移転が期待されました。移転先の敷地は、震災前に購入した湾岸エリアの江東区南砂町です。当時、多くの社員が津波や液状化被害の映像を見ており、口には出さないものの湾岸への移転に不安を感じていました。

    「『社員が安心して働ける場を作りたい』施設管理を担当する方々の言葉には、社員を想う強い気持ちが込められていました。日本全体が災害に対する不安を募らせる中、クライアントの気持ちは痛いほど理解できました。 社員の方々が本当に安心できる建物をつくる。そして、1日も早く安心できるよう、スピーディーにつくる。人命、企業の財産を守る大きな課題を前に、大きな使命感を持って設計に取り組みました。」(営業統括部 野崎)

    高層でありながら、揺れの少ない建物を目指す

    本施設は、アシックスの日本事業の強化・拡大のために設立されたアシックスジャパンの本社ビルです。アシックスとしての世界シェアを拡大すべく、神戸本社をグローバルマーケティングの拠点に特化させ、東京にアシックスの新しい国内マーケティング中枢機能を移転することが予定されていました。国内アシックスの拠点として、いかなる災害からも人命・商品・機器を守ることが重要な使命でした。
     プロジェクトチームを総動員し、災害の歴史、地歴・地盤調査、行政の防災対策など、360度の視点で敷地特性を検証し、必要な課題(耐震、液状化、津波対策、BCP(事業継続計画))を全て洗い出しました。そして構造担当は、耐震、制震、免震、最適な構造は何か、原理原則に遡って徹底的に解明しました。

    「さまざまな比較検討を行った後、地盤が軟弱であることと、コスト上のメリットを考えて、制振構造を採用しました。しかし、大変だったのはこの後からでした。なぜなら、一口に制振構造と言っても、さまざまな種類の制振部材があり、且つ多種多様な組み合わせが存在するからです。そこで、今回の建物に最適な組み合わせを探るために、スケジュールが許すギリギリまでシミュレーションを行いました。また、制振部材に頼り過ぎた設計にならないようにも注意しました。最終的には、通常の耐震構造と比べて、地震時の揺れを3割ほど低減、揺れの継続時間を約半分に低減させることができました。」(構造房 加藤)

    緑のネットワークで、街に潤いと安らぎを提供する

    また、重要な与件の一つとして、社員の増員に備え、可能な限り大きな床面積を確保することが求められていました。これを実現するため、総合設計制度を適用した容積割増を試みました。総合設計制度とは、公開空地など地域の環境向上に資する計画により容積率を割増できる制度です。

    「敷地は東京メトロ東西線南砂駅に近接し、オフィスワーカーや周辺住民の交通の要所となるエリアです。そこで、公共歩道に沿った緑道を設け、また建物正面には光と風が広がる広場をつくり、街に潤いと安らぎを提供できる計画としました。また、周辺では開発事業も進み、さらににぎわいが増すエリアです。沿道と調和した緑のネットワークが街区全体に広がっていくことを期待してします。」(野崎)

      

    構造とデザインを融合し、理念をかたちにする

    設計をスタートした頃、「これを参考に」とクライアントから一冊の建築の写真集を手渡されていました。これは、ガラスと構造部材から構成される非常に端正で美しい建物でした。

    「言葉はなくとも、アシックスの理念を貫徹した、美しい社屋を作りたいとの期待をひしひしと感じました。構造担当の加藤やチームメンバーと、連日その写真を見続け、建物が秘める美しさの源泉を探るため、ミーティングを繰り返しました。」営業統括部の野崎は振り返る。

    「大地震が発生した場合、津波も想定される地域ですが、低層部は開放的にすることで津波の力を受け流す計画としています。これは、耐えるのではなく、むしろその摂理に任せる逆転の発想によって、安全性とデザインとの両立を図りました。」(加藤)
     導き出されたデザインコンセプトは、「機能的である事が美しい、シンプルでありながら存在感のあるデザイン」。まさに、アシックスの企業理念に通ずるものでした。

    背景となる雲と空に溶け込むような上昇感・浮遊感、そして自然との一体感が表現されています。
     計画敷地周辺は、今後開発が進む地域です。本施設が地域全体のシンボルとなり、今後の街づくりのデザインコードとなる事が期待されています。

    徹底的に方針を追求し、2万人の力で突破する

    工事期間1年7ヶ月。現場にはゼネコンの下に延べ2万人の職人がつどいます。最良の建物の実現に向け、彼らの力を最大限に引き出すのも、設計事務所に期待される重要な役割です。

    「地中障害、土壌汚染、短工期、限られた敷地の中で作る大規模建築、住民配慮、と課題は山積みで、その中で、クライアント、ゼネコン、設計事務所が強固なパートナーシップで結ばれるためには、みなが納得できる事実の共有が必要となります。そのためには、常に状況を深く広く捉え、みんなが「なるほど」と思う方針を出し続ける事。常日頃、社内で研鑽を続けている構造化能力が役に立ちました。」(監理室 高田)

    クライアントの戦略パートナーを目指す

    「2011年の夏から始まった本プロジェクトは、2014年3月で建物の完成をみました。初期段階の企画から参画し、クライアントが受ける外圧状況や戦略の共有からスタートしたプロジェクトですが、クライアントの構想はもっと前段階に遡ります。

    類設計室が目指すのは、クライアントの戦略パートナーです。設計を行うための与件構築、与件構築を進めるための事業構想、そして事業構想を進めるための戦略立案へと…。クライアントと同じ地平に立ち、共に事業をつくるパートナーになるべく、日々、経済状況や社会状況、人々の意識潮流を追求し、クライアントの期待に応え続けたいと考えています。」(野崎)

    • 類設計室 営業統括部 野崎 章 2001年:入社、意匠設計 内部系に配属 2001年:10月、営業統括部にプロデューサーとして配属、現在に至る
    • 類設計室 構造房 加藤 弘行 2003年:入社、構造房に配属、現在に至る
    • 類設計室 監理室 高田 康史 2001年:入社、設計室家具房に配属 2007年:社会事業部に配属 2009年:外装房に配属 2012年:監理室監理チーフとして配属、現在に至る