今、母親は、子育て不安から強迫観念にかられ、子育ての成果を「成績」というモノサシでしか計れなくなっています。その結果、あたかも数字で物を管理するように、成績で子供を管理するようになってしまいました。

本来、子供は、「見守って」育むものであり、親の思い通りに管理するものではありません。そんな「狂った」現状から子供と母親を救い出すこと、それこそが類塾に求められている役割です。

強制圧力は子供を潰す

現代の社会では、社会が求める能力と学校教育の乖離がどんどん大きくなっています。それは学校教育が、明治以来まったく変わっていないからです。

学校はナポレオンの時代に徴兵制の一環として作られました。実際、朝礼もラジオ体操も原型は軍隊だし、制服も原型は軍服だし、ランドセルも原型は兵隊の背嚢(はいのう)です。しかし、そんな類似より、もっと根本的な問題は、学校教育の目的が軍隊のように命令に従順に従う生徒を作ることにあり、従って上官の命令が絶対であるように「先生の命令は絶対」となっている点です。

事実、学校(先生)は、漢字と加減乗除以外ほとんど役に立たない5教科の勉強を強制し、試験と内申で生徒を飼い慣らしてゆきます。この成績圧力の下で定期テストを2~3回も経験すれば、全ての生徒が「成績第一」に収束し、大半の生徒が点を取るための勉強しかしなくなって、最も大切な「これは何?何で?」という追求心を封鎖してしまいます。

こうして、自分の頭では何も考えられない生徒が大量生産されますが、これこそが学校教育の目的です。時代は脱強制・脱管理の方向に動いているのに、学校は全く逆の方向に動いています。従って、今や学校は子供を閉じ込める監獄のような様相を呈しています。

強制・管理が強まる学校

目標を、「成績第一」から「生き生き」に変えるだ

本当に子供の将来を考えているなら、当然、生きる意欲や、仲間世界で生きてゆく関係能力や、赤ん坊の頃に持っていた追求力を再生することが、何より大事となる筈です。それを捨象して「成績が第一、仲間関係は二の次」というのは、子供の将来のためではなく、子育て不安と成果不安に囚われた母親の見栄=エゴにすぎません。本当に子供の将来のために必要なのは何なのかを、良く考えてみる必要があります。

第一、母親自身も嫌いだった勉強を教えるのは大変で、大抵は、お手上げです。それに対して、仲間世界を生きてゆく智恵なら、母親が教えられることが沢山あります。まして、一番大事な意欲と追求力の再生はもっと簡単で、母親は子供のやりたいことを受け入れて応援してあげるだけで充分です。何であれ子供のやりたいことを肯定して受け入れてあげていれば、いずれ子供は、別のもっとやりたいことを見つけてゆく筈なのです。

要は、成果目標を「成績」から「人間力と追求力」に転換させれば良いだけです。それだけで母親も子供も、共に成果不安から抜け出せます。そして、子供を管理するのを止めて、応援してあげるだけで、子供は見違に元気になり、生きる意欲と追求力を再生してゆくに違いありません。

子供の「生き生き」を応援する類塾

保護者面談にて

いつも表情が冴えない中2優秀生の母と面談。
母は「やれ勉強しない」「やれ段取りが悪い」と常に子供を否定し、一方的に感情を昂らせていくタイプ。とにかく「子供は勉強するもの」という自分の規範で子供を管理しようとしていた。

これまでなら対決モードになるところ。「どんな親も子育て不安でいっぱい」「親も救ってあげたい」と自分に言い聞かせ、本人の意欲がテスト前ほど下がっていくのは、「点数を上げなきゃ」という強迫観念のためだと突きつけた。母は薄々自覚していたようで「私もよく結果のこと言ってます」と認めた。

そこで、類塾のチラシを読んでもらい、産業界ではもはや「受験エリート」は求められていないことを固定。一人の子供の問題ではなく、教育全体、そして日本がどうなるのかを一緒に考えた。

すると母から、これからの大学入試では知識を問う出題が2割以下になる事実について、「本当にこんなに変わるんですね」という声が。 「点数や知識に閉じ込めるのではなく、仲間との追求の場に解放してあげてほしい」「求められる方向に子供は向かい始めている。親が成果目標を変えるだけ」と伝え続けると、もう「そうですね」「そうですね」という返事しかなかった。

嬉しかったのは、その後に母から「昔から人の悪口は言わない子だった」「部活が忙しい中でよくやりくりしている」と子供を肯定する言葉がたくさんでてきたこと。

数年前なら、塾講師がこんな話をしても「点を取らせるのが塾の仕事」と、受け入れられなかっただろうと思う。今はまさに、そんな古い常識を超えていく時代なんだと実感しています。

新教育への期待の声

体調が悪くて休んでもいいと言ったのだが、本人は「楽しいから行く!!」と。類塾だけは絶対に行きたいみたいです。(中1生の保護者)

もともとかなりの人見知りで全然話すことができなかった。それを突破するには、グループ追求しかないだろうと思っていたが、学校のクラスは「超」がつくぐらい大人しいクラスで、発信できないのを前提にして先生がお膳立てをするから成長できない。入塾してから1年、明らかに発信量が増えている。類塾に来られているお子さんは、本当に人の話をよく聞いて受け入れようとしてくれる人が多い。だから、うちの娘も救われてるんだと思います。(小6生の保護者)

役に立たない知識よりも、探求科でやっているような今の政治や経済など世の中がどうなっているかなど、もっと現実社会がどうなっているのかということをほんとは学ばなければいけない。(中2生の保護者)

みんなで天才を目指す
新しい寺子屋「天才教室」
天才とは追求力を失わない人。凡人とは追求力を失ってしまった人。

だとすると、追求心の塊である赤ん坊はみんな天才。その追求心が「ああしなさい、こうしなさい」「勉強しろ、点を取れ」等の強制圧力→強迫観念によって封鎖され、しだいに凡人に成ってゆきます。

人々の意欲と追求力を封鎖しているのはさまざまな強迫観念。だから、強迫観念から脱却できさえすれば、誰でも天才になれます。

それを実現するのが、「何?何で?」をとことんみんなで追求する『追求チーム』。そんな追求チームの集合が、みんなで天才を目指す新しい寺子屋:天才教室です。

これは教育の革命です。類塾はそれを実現しました。

社会貢献のひとつの形

また、探求講座の受講生には、家庭の収入に応じて類塾の5教科の授業料を減額する制度が適用されます。社会で貧困による教育格差とその連鎖が問題になる中、そうした子供たちにこそ目先の成績を支援するのではなく、これから何が起きても生き抜いていく能力を身につけさせたい―。類塾の志です。

探求講座の追求テーマ例

強制から解放され、意欲と成績が上昇した生徒の声

たとえテストに出なくても、 全体を繋げて追求!

「点数を取るための勉強をやめる」を実践。勉強の目的を「社会でも役に立つには?」「言語能力全体をアップさせる」に変えたら、かなりやる気が上がった。  「全体をつなげていくのに必要と感じたもの」をとことん自分で調べたり、みんなで追求したりすることで、どんどん楽しくなっていった。

点数より、もっと大きな目標がある!

参加前は、成績に固執し、得意な数学でスランプに陥ったり、ケアレスミスが増え、精神的にも不安定になり、自分でも良くないと感じながらも抜け出せなかった。しかし、特別講座参加以降、点数にこだわるなんて馬鹿らしい。もっと奥に大きな目標があるのではないかと考え始め、仲間に声をかけ、一緒に課題に取り組んだら、自己ベストを更新できた!

アクティブ・ラーニングスタジオ

最先端の追求成果を実現する

〜 類設計室 × 類塾 〜

東京大学教養学部「アクティブ・ラーニング・スタジオ」

「アクティブ・ラーニング」は教員からの一方向的な講義で知識を覚えるのではなく、子供たちが主体的・能動的に学習に取り組む学習法の総称です。

この学習法に先進的に取り組んでいる東京大学教養学部が2011年に建設した「理想の教育棟」を設計したのは、類グループの中核・類設計室です。「アクティブ・ラーニング・スタジオ」は教師と学生、学生同士がフラットに学び合える自由な形態とし、学生たちは小グループを形成して調べ、話し合い、発表しながら答えを導き出していきます。学びの集団形成を誘発する設計コンセプトは、類塾の授業、自習室にも繋がります。