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みんなで新しい認識を紡ぐなんでや劇場
なんでやネットワークの拡大にマスコミも注目
1970年、貧困の消滅に伴う私権の衰弱は、国家を閉塞させ、企業も学校も家庭をも閉塞させてきました。この40年間、そうして全ゆるものが行き詰まり、活力が失われ続けてきましたが、それは同時に、人々が極めて深い所で収束不全を強め、新たな活力再生の需要(=時代閉塞を突破する答えの欠乏)を蓄積してゆく過程でもあったのです。
今、混迷する経済状況が人々の答え欠乏を急速に顕在化させています。だとすれば、その需要(答え欠乏)に応えることのできる答えさえあれば、新しい事業を立ち上げて人々の活力を再生することも、それによって市場を軟着陸させることも出来るはず。つまり、答えさえあれば実現のチャンスは至る所にあるといえるでしょう。
しかし、答えの供給者がいない。なぜなら、現在何かを供給=発信できるとしたら、それは私権時代に作られた旧観念発の発信内容でしかあり得ず、(現に学者や政治家やマスコミがそうであるように)現実の役に立たない旧観念では、市場を超えた新たな社会の実現や活力再生需要に応えることはできないからです。
この再生需要(=答え欠乏)に応えるには、私権時代(の旧観念)を突き抜け、原始時代→サル時代→生物史にまで遡って人類の存在構造を解明した新概念体系が不可欠になります。その最初の実現態が、「実現論」。類グループはこの核理論=実現論を武器に「マスコミに代わる共認形成の場」の構築に着手し、次々と答えの供給者を生み出しています。