代表メッセージ

人々は何を求め、どこに向かってるのか 代表取締役社長 岡田順三郎

ここは『会社』なのか?

当社に来れば「ここは会社なの?」と思われるかも知れない。
 赤ん坊を抱っこしながら立ち話に興じるママさん社員
 社員に手ほどきを受けながら掃除を手伝う小学生
 季節の食材で作った手料理を振舞う女性社員
 インターン生の恋愛相談で話し込んでいる若手社員
 世間の会社では「仕事以外のもの」として否定されるこれらの活動は、類グループではむしろ積極的に肯定・推進されている。
 その象徴が、「共同保育」と「おしゃべり歓迎」だ。類グループの「共同保育」は、いわゆる子連れ出勤。母親たちがサポートし合いながら子守りと仕事を進めるだけでなく、母親たち以外も自然に子供の世話をしたり、子供自身が仕事を手伝ったり、まさに「みんなで」「みんなに必要なこと」を担う。そこには、子育てと仕事という枠も、誰が親という枠もない。
 「おしゃべり歓迎」も、徹底している。昨今、創造性が求められる業界では、アイデアの源泉として“おしゃべりタイム”や“おしゃべりスペース”を設けている会社もあるが、類グループでは、“いつでも”“どこでも”おしゃべり歓迎だ。もちろん話題も、“仕事に関係することに限らない”し、もはや社員たちにとって、どこまでが仕事でどこからがおしゃべりなのか、その線引きさえ意識されていない。
(※共同保育や社内のリアルな日常や実感は、全社ブログで発信中。)

人材を育み、組織を勝ちに導く女たち

このような社風を作っている主役は、女性社員。
そしてこれは、雰囲気の良さや働きやすさといった効果に留まらない。
 おしゃべり好きな女たちは部署を超えて繋がってゆき、互いの課題を共有してゆく。そして、「自分の仕事はここまで」といった「個人主義」や「縦割り主義」をも楽々と超えて改善策を生み出し、みんなの潤滑油となり活性剤となってゆく。
 闘争の最先端とも云える、未明課題や難課題を追求する場でも、その活躍が光る。彼女たちの素朴な「何?」「何で?」の発信は、知識偏重の暗記脳でピントがズレがちな男たちよりも、はるかに話の幹を掴んでおり、その照準力が場を前進させ突破口を手繰り寄せる。
 もちろん、営業や人材上の壁を女子力で突破した事例は、挙げればきりがない。仕事は全て人間関係が根本だが、互いに心を開き合うことでしか構築できない本物の仲間作りは、女子力が存分に発揮される領域だと云える。

深い歴史認識が女子力を満開にする

「どうやったら類グループのような組織が作れるのか」
 「どうやったら類グループのような社員を育成できるのか」
 類を訪れた経営者から、よく聞かれる質問だ。
 だが、殆どの企業は、その“答え”を聞いても実現できない。
 なぜならその“答え”は、「生物史にまで遡った徹底した事実の追求によって、人類の本来的な在り様が全社員に共認されているから」という所に行き着くからである。
 「女は充足存在、男は闘争存在」という、雄雌分化にまで遡った役割規範が共認されているからこそ、女たちは自信をもって女力を磨いてゆける。
 「生産と生殖が一体の集団の中で、女たちはみんなで子育てをしてきた」という原始共同体にまで遡った子育て規範が共認されているからこそ、母親たちは安心して共同保育に委ねることができる。上記のような歴史追求によって、事実に基づく根拠のない「個人」や「権利(人権や男女同権)」などの架空観念から社員の頭が解放されない限り、いくら制度や様式を真似しても、肯定的にそれらを活かして主体的に運営してゆくことはできない。だから類グループは、他社が簡単に追従できない「革命的な」人材育成の実現体であり、企業であるとも云える。

答えがない時代に求められる力

だからまた、類グループには、同化能力(相手の気持ちや状況をより深く掴む力)や充足能力(一体化して充たされる空気や関係を作り出す力)の高い「いい女」が多い。
 いつも感謝を絶やさず何でも充足課題に変えられるのも、みんなの想いを察知して軽々と仕事の枠を超えられるのも、根本の「女」という役割が肯定され、期待され、評価されているからだろう。原始、女性は太陽だった。だから、現代でも余計な観念やプライドに縛られず、本能と心に素直に生きていさえいれば、誰もが「いい女」になれる。それに、今ほど、社会的に「女子力」が期待されている時代はない。
 それは、現代が、人類史500万年間を覆すほどの大転換期であり、(人々が収束先を見失ってしまった)答えのない時代だからだろう。
 答えのない時代では、言葉以前の深い地平、つまり、潜在意識の地平で人々の期待を掴んでゆくしかない。それこそ、同化力や充足力といった女の潜在能力を全面的に解放する女たちが得意とするところなのだ。

豊かさの実現と本源収束の大潮流焉

昔、みんな貧しくて物がなかった時代は、物を手に入れないと生きていけないという絶対的な強制圧力がかかっていた。だから、いい生活を手に入れるというのが最大の目標であり活力源だった。
 「いい生活」は、そのための蓄財や身分(肩書き)=私権の獲得へと万人を駆り立て、それは私権の強制圧力となって社会に充満する。
 しかし、’70年頃、みんなが豊かになり物があふれる時代になると、「物を手に入れなければならない」という強制圧力はとことん衰弱し、「いい生活を手に入れる」というのは目標でも活力源でもなくなってしまった。
 人々は、この「豊かさの実現」を、身体と頭でキャッチしている。そして、適応本能上の深い地平で、「強制圧力の衰弱」を看取し、これまで私権の強制圧力によって封じ込められていた「人類本来の充足」に強く可能性収束している。それは強い仲間収束の力として、あるいは女子力への期待として既に顕在化している。
 そして、この『本源収束』の強い可能性収束力は、私権圧力に対する『脱強制』の潮流を生起させ、それが官公庁や大企業における不祥事の噴出という形で古い指揮系統の行き詰まりを露呈させた。

新しい可能性に収束しているがゆえの、強制圧力や管理圧力に対する強い拒絶反応

家庭や学校は、企業よりもっと遅れており、古い制度のまま何も変わっていない。むしろ、現実の圧力から断絶された家庭や教育業界は、時代に逆行して「勉強の強制圧力」を強めている。いい生活⇒いい大学がもはや何の活力源にもならなくなった今、子供には、勉強に対する主体的な意欲がほとんどない。にも拘らず、親や学校はテストや内申の強制圧力を強めて勉強させようとする。
 しかし、子供には、勉強に対する主体的な意欲がほとんどないので、心の中には強い拒絶反応が生まれる。それでも子供たちは、仕方なく、あるいは何とか親の期待に応えようと悲壮感いっぱいで勉強するが、肉体的な拒絶反応が強力に働いているので、勉強圧力を加えれば加えるほど、子供自身の生きる意欲や追求力はどんどん封鎖されていく。
 新しい可能性をキャッチしているがゆえの、強い拒絶反応と活力衰弱。これは、仕事を強制課題として捉えて活力を衰弱させている若者や大人も、全く同じ構造である。
 従って、『脱強制』に目覚め、人類本来の『本源可能性』の追求に収束できるかどうか。それが、君の人生と、人類の未来の分岐点となる。

類グループは、みんなで作る共同体

類の創立者たちは、このような時代の大転換を、すでに50年前にはっきりと見抜いていた。「私たちは何よりもまず、自らの生きる場を自らの手で築いてゆきたいと願う。そして新しい歴史時代を、自らの力の及ぶ地点まで実現してみたいと願う。」これは、共同体設立当時に書かれた文章の一節である。
 「自分たちの生きる場を自分たちで作る」という共同体の設立理念は、まさに『脱強制』の強い欠乏からきている。
 そのため、類グループでは、全員が「経営者(取締役)」となり、経営に携わる。経営データは公開され、全ての社員に、最高意思決定機関である社内板および劇場会議への参加と発信が許されているが、それは同時に、全ての社員に「経営者」としての資質と責任が求められるということでもある。
 また、類グループは、設立以来、無借金経営を貫き通している。社員出資制度(賞与の余剰分を銀行ではなく社内預金に預ける)によって自分たちで必要な資金をまかなうことで、銀行や株主からの圧力がゼロの、磐石な経営基盤を形成し得ている。

カギは、事実の追求と共認にある

このような、『脱強制・脱管理』を実現し、みんなで運営してゆく共同体の、統合軸は何か。
 それは、「事実の共認」である。
 類グループでは、誰の意見かではなく、最も整合性の高い認識が皆に共認され、それが統合軸となる。この「事実の共認」だけが、強制に代わる共認による統合を可能にする。
 この事実の認識は、無限に進化してゆく。皆の知っている限りの知識に照らし合わせて論理整合していれば、その仮説をいったん事実として認め、いったん認めた事実に反する現象事実が出てくれば、速やかにその現象事実を組み込んで論理(構造事実)を組み替えてゆけばよいからだ。
 このように、とことん事実を追求し、それをみんなで共認することによって、これまで類グループは、革新的な様々な事業を展開してきた。逆に、共同体では、事実の根拠のない架空観念や、己に都合がいいだけの詭弁は通用しない。
 企業が通常行っているような需要分析や市場分析に留まらない、その地平を突き抜けた徹底した事実の追求こそが、類グループの最強の武器である。その成果が、市場や国家の成り立ちを解明した歴史構造論や、サル・人類に特有の共認機能・観念機能を解明した意識構造論である。

企業の常識を突き抜ける事実の追求の事例

  • 生物史の追求によって導き出された
    「安定と変異」「生殖と闘争」「雌雄分化の原理」
  • サル社会の追求によって発見された
    「共認機能」と「自我の構造」
  • 人類の誕生の追求によって発見された
    「探求機能」と「観念機能」
  • 文明史の追求によって解明された
    「戦争の起源」「制覇力の構造」
    「国家の起源と仕組み」「市場の起源と仕組み」
    「古代宗教と近代思想の成り立ちと構造」
  • 経済分析としての「経済破局の様相」「基礎保障で仕事の選択肢が広がる」
  • 世界情勢分析から導かれた
    「軍事技術の逆転で、世界はアメリカ支配からロシア主導へ大転換」
  • 最先端の意識潮流を読む

「みんなで追求」こそが突破口

人類の意識構造は、生物に備わっている「本能」、サル時代に形成された「共認機能」、人類が形成した「探求機能」および「観念機能」の4層構造になっている。
 極限時代の人類は、過酷な生存状況で500万年間に亘って「生き延びるためにどうする?」をみんなで追求し続けた結果、「みんなの期待に応えて追求すること、それ自体で充足する=追求充足」という機能を獲得した。つまり、この「探求機能」こそ、人類を人類に進化せしめた最強の武器(人類が生き延びることができた命綱)であり、この「みんなで追求する充足」こそ、人類最大の活力源なのである。
 共同体として50年に亘って「みんなで事実を追求」してきた類グループには、多様な追求充足の場がある。至る所で繰り広げられるおしゃべり、年齢や肩書き関係なく呼びかければ始まるミーティング、みんなの羅針盤となっている社内板(全ての情報と答えがそこにはある)、社員が一同に集まる劇場会議、社外の小中学生から社会人、老人まで参加する実現塾など、類グループは全社を上げて社内・社外に「みんなで追求」の場を広げていく取り組みを展開している。
 その成果が、類塾における驚異の合格率や、類設計室の全国トップのプロポーザル勝率(※)に現れており、この「みんなで追求」による社員の活力と能力の高さこそ、類の勝ち筋にほかならない。(※2016年日経アーキテクチュア調べ)

基礎保障で、仕事の選択肢が一気に広がる

’18年は、株式大暴落の後、中央銀行が廃止され、代わって政府が金(きん)に裏付けられた国家紙幣を発行し(=国債は消滅し)、1年後にはその国家紙幣を使って国民1人につき(子供も含めて)月8万円程度の生活費を支給する基礎保障制度が導入されると、類グループは見通している。
 そうなれば、無職のままでも良いし、何か役に立つ仕事に就いても良いし、手に職をつけるのも良いし、農漁村に帰るのも良いし、稼げるバイトに精を出すのも良しという具合に、仕事の選択肢が一気に多様化する。
 これは、人々の意識を解放し、人々を可能性の探索に向かわせる。この可能性を求める大きな潮流は、脱強制・脱管理の気運を生み出し、各企業で共同体化が進められると共に、各地域で共同体(人と人のつながり)が再生されてゆく。
 これは、50年前に私権社会から本源社会への大転換を予測していた類グループにとって、その実現の時が来たことを意味する。この時に向けて、類グループは理論追求を重ねてきた。そして今、新しい時代を導くことのできる新理論(事実の体系)を構築できている企業は、類グループしか居ないと思われる。

赤ん坊の頃はみんな天才だった

しかし、実は新理論の追求は、誰にでもできる。天才とは追求力を失わない人、凡人とは追求力を失ってしまった人であるが、赤ん坊の頃は誰しも追求心の塊で、みんな天才だった。ところが、学校や親からの強制圧力によって(とりわけ試験圧力によって)追求心が封鎖され、殆どの人が凡人になってしまった。
 しかし、1〜2年後には、基礎保障によって仕事の選択肢が一気に広がる。そして、人々は強制圧力や管理圧力から解放される。もちろん、「成績」や「いい生活」や「世間体」などの古い目標は完全に崩壊し、消滅する。
 その時、残るのは、人々の役に立ちたいという思いだけだろう。それをどう実現するか?その答えが、類グループにはある。
 大転換の時代、前人未到の世界に踏み入る勇気と行動力のある若者の参加を期待している。


代表取締役社長 岡田 淳三郎