10/8、10/15「同期と一体化と観念」はこんな追求に!


同期機能と観念進化の関係について二週間にわたって何度もみんなで追求した結果、新たな視点等も見つかったので、改めて整理。現時点での仮説を追求する。

【1】〔○同期と一体化と観念追求〕は、同期~一体化の過程を4段階に区分し、観念追求の過程を示したもの。これによって、説明がしやすくなった点、あるいはまだよく分からない点を挙げる。

■現実にある同期現象→メトロノームやホタルの映像から何が分かるか?
・メトロノームの映像では、始めはバラバラだった振り子が、メトロノームの乗っている台を通して互いにエネルギーを伝えあい、同期していっていた。
全てのメトロノームの動きが揃い同期し続けると、台も含め全体のエネルギーが増幅(=共振)し、全体として大きな揺れを起こしていた。(津波や地震もその一例)
・ホタルは、受発信のタイミングが合い同期しているが、すぐに点滅がばらついて、エネルギー増幅(=共振)までは至っていない。

■同期しているのに共振しないとはどういうことか?
同期とはあくまで受発信のタイミングが合う(合わせた)状態である。メトロノームの映像からも分かるように、共振に至るには同期を何度も重ねる必要がある。更に何度も同期を重ねても、波動の中身が異なれば共振には至らない。
例えば、ボートを漕いでいる2人組がいくら受発信のタイミング(漕ぐタイミング)が合わせても、反対方向に漕いでいては、エネルギーは打ち消される。
★つまり同期→共振は珍しい現象であり、必然ではないということ。
生物界においても、全ての細胞同士or個体同士で同類識別のために交信(受発信)が行われているが、個体同士が一体化してしまうと光や餌が当たらなくなって生きていけない。
従って、生物には“一定の距離をとる本能”が備わっており基本的には同期もしないし、非共振である。
ただし、危機的状況(ex.全球凍結etc…)では、同期機能を使い一定の距離をとる本能を麻痺させて一体化して適応することもある。
生物のほとんどが通常非共振状態にも関わらず、人類が不整合を感じるのは、一体化に全面収束して観念追求することで適応して来ているからである。

■本質の抽出、構造化から交信に戻るのは何故か?
・不整合が生じるということは、今掴んでいる一体化の地平では足りないということ。従って、「一つ戻る」ではなく、一番初めの交信に戻ってさらに対象を広げる必要がある。
例えば、「言葉や文章が苦手」「国語が苦手」「算数が苦手」等の事象、言語能力や国語能力に問題があるのではなく、対象との交信が根本的に苦手なのだと捉えたほうが、突破口が見えてくるのではないか。
・さらに、哺乳類が「快」の感覚が深まるほど「不快」にも敏感になり、皮膚感覚を発達させたのと同様に、人類はスッキリした気持ちを味わうほど、不整合に敏感になり、スッキリしてないところが見えてくる。それが、スッキリしたいという欠乏に繋がり、さらなる交信→追求を促していく。
・また、万物は常に動きながら連関している。つまり、本質も構造化も固定的なものではなく、常に動き続ける変化を組み込んで再統合する必要が生じる。従って、構造化(追求)に終わりはない。

【2】〔 ○同期機能と類似本能との関係〕は、同期現象と類似している現象や関連しそうな本能群を整理したもの。説明および図解を見て、疑問点・追求ポイント、図解の改良ポイントを挙げる。

■群棲本能や追従本能と同期の関連がないのは何故か?
例えば、群れと言っても一体化してしまっては泳げない。実際、魚の群れは①集まる②同じ方向を向く③一定の距離を保つという3つのルールでできており、機械でも再現が可能。また、全体としてエネルギーは増幅していない。
★つまり群棲本能や追従本能は、上記で上げた“一定の距離を取る本能”を使っており、一体化へ向かう同期とは真逆の本能であり繋がっていない。

■同期と真似は、どう関連しているのか?
真似は、後天的に能力を獲得するための本能である。能力を獲得したいものが、すでにそれを獲得しているものから学ぶので、同時に同じことをすることはできない。同期は互いのタイミングを合わせていくということだが、真似は一方通行であり、同じことができる・できないにかかわらず“真似をすること自体”に充足を感じる回路である。従って、できるようになるまで、ずっと真似し続けられる。つまり、同期は“一体化欠乏発”だが、真似は“能力欠乏発”の機能である。
ただし、真似をする側の「同じになりたい。」という欠乏や、脳内で相手の動きに対応した部分が反応するミラーニューロンは、同期回路の応用とも考えられる。

【3】〔 ○集団心理が起こす様々な共振現象〕を見て、これ以外に気になる共振現象を挙げ、その作用や発生源を想定する。
【共振現象の例】
・踊り・いじめ・もらい泣きやつられ笑い・類塾の音読・戦争・ライブ・女子のお喋り・マスク・農作業(仕事)など…
★一体化に収束した人類は、何であれ、強いエネルギーが発せられ続ければ、そこに同期→共振(増幅)→一体化する機能を高めてきた。そこで得られたエネルギーは、生きる活力であり、追求のエンジンにもなる。

■一方、コロナのマスクやいじめは同調圧力によって引き起こされ、その結果みんな疲弊し、むしろ活力や充足が下がっているように見える。同期と同調は違うのではないか?
したくもないマスクもわざわざする、しかもどうせするからにはとデザインを選んでみたり、アクセサリーをつけてみたりと行動をする人が増えているという点を見ると、エネルギーが増幅・連鎖していると言えるのではないか?
★したい・したくないに関わらず、同調も強く発し続けられるエネルギーに同期→共振し、エネルギーが増幅していく現象=同期の一種であるということ。

★上記を踏まえて重要なのは、同期は「良い(+)」も「悪い(-)」もない“中立の概念”であり“機能”だということ。(中立概念として捉えて、初めてそれを適応的・有効的に作動させるにはどうするか?を考えられる。)
ただし、現代は共振がマイナスに働いているように感じられるケースのほうが多い。
集団フィーバーやいじめ等は、ごく限られた対象との共振にとどまり、その他大半とは非共振となっている。(自分たちに固く収束すればするほど、周りが敵になる。)従って、より広い対象で捉えると異常に見えたり、不整合を感じたりするのではないか。
そんな中で可能性なのは、若者は集団自我がなくなってきており、昔ほど「集団フィーバー」や「集団熱狂」に収束しなくなってきていること。また、共振事例でも、音読や農作業(仕事)が挙がっており、より調和や一体化充足・追求充足を求めている。ただ、反応が薄く増幅感が弱いため、その欠乏が広がっていかない壁もある。
★より調和を求めるなら、まずは同期の対象を広げること。そのためには、良いことも悪いことも事実として全面的に受け止めるということ。実現塾も、+-の価値判断ではなく、事実を追求する一つの場。自分の世界、妄想の世界では同期できないし、整合しているか、していないかも対象を広げて初めて気づくことができる。

また、世界は万物が連関して動いている。従って、一旦整合したと思っても次の瞬間には新たな不整合→再統合の必要が生じる。だからこそ交信し続けることが、より有効的に・調和的に・適応的な方向に向かって観念追求を進める大前提となる。逆に言えば、交信の停止は追求停止・思考停止のはじまりとなる。