10/22、10/29~「観念進化の歴史」~はこんな追求に!

下記の資料は人類が生み出した遺跡や道具を年代順に並べたものです。この資料を通じて人類の観念機能がどのように進化したかを推定していきます。

1.資料から観念の進化の段階を読み取ってみる。

■そもそも観念進化とは、どういうことか?
物事の背後に見出した目に見えない本質(像)、あるいは、それを再現する手段、表現方法(言葉、身振り手振り等)が進化すること。

■観念進化の過程を読み取っていく。観念機能が著しく進化したのはいつ頃と考えられるか
ex.貝塚、埋葬のあたり(世界観がないとやらない)/日常的な火の使用あたり(特性を知らないとできない)/抽象模様のところ(自然にないものを表現しているので高度)/緻密な発声機能ができた7万年前あたり(緻密な発声というところから知能が上がってそう)/骨角器くらいからではないか(実用性のある道具が出てきている)/船や線刻画などの3万年あたり(道具を使って表現しているので相当知能が進化したのではないか)など

個々の技術・発達に注目するのと、それらが登場する年代のまとまりに注目する見方があるが、凄さで言うとどれも甲乙つけがたく、照準を絞り切れない。従って一つ一つに注目するより、年代ごとのまとまりに着目していく。そうすると、3段階の進化過程に分けることが出来る。

<1段階目> 10万年前後 : 貝塚、埋葬、装飾が登場(発掘されはじめる)
<2段階目>  7万年前後 : 骨角器、抽象模様、日常的火の使用、緻密な発声機能、磨製石器、弓など様々な発明が集中している
<3段階目>  3万年前後 : 染料、船、洞窟線刻画、数を刻んだ跡、象牙の人形、土偶等が次々に発掘されている     
             
ここから各段階の進化の中身を鮮明にしていく。

2.埋葬が始まったのはなぜか?火が使用できるようになるためにはどんな力が必要か?
■埋葬が始まったのは何でか?
ex.腐敗臭や疫病が発生するのを防ぐため/循環→再生を促すため/人との繋がりや敬う気持ちが出てきた?

まず、臭いや感染症などの衛生面だけなら川に流す、崖から落とすだけでもいい。
また、8種類の薬草(花)を一緒に埋めていることから、「土の中で相手が生きている」と捉えているのが伺える。従って万物が生きており、つながりながら循環している」という世界観が埋葬につながったと考えられる。しかし、それなら埋めなくてもそのうち循環できる。

では、何故わざわざ埋めたのか?
土中の微生物の働きや花の成分や分解のされやすさ、豊かな土から植物が芽吹くことなど、万物の特性やそれらがどのように循環し、調和しているのかを具体的に掴んでいた。地域によって埋葬の仕方が違う(ex.鳥に食べさせて天に還す鳥葬。海に沈めて魚に食べさせる海葬)のも、それぞれの土地の環境で調和するのに最適な方法を見出しているから。

★つまり10万年前あたりの段階で人類は、徹底した現実直視の末に、循環的な世界観だけでなく、それを成りたたせている具体的な繋がりを掴んでいたということ。そして、それに基づいて循環を促すために最適な行動様式を見出していった。同様に同時期のビーズ(貝)も、その世界観から生まれたもの。女性器や子宮をかたどった生命力の象徴であり、万物の生命力を呼び込むもの(お守りやパワーストーン)、あるいは儀礼品として身に付けるようになっていった(自ら着飾るためではない)。

■火を使いこなすには、どんな能力が必要か?
火を使いこなすには、
ex.まず、火を「消す」ことが出来るようになる/火をつけられるようになる。/薪を組み上げて、空気の通り道(→対流)をつくり、燃えにくい木と燃えやすい木を絶妙に組み合わせる。
→火だけではなく、空気や薪など、その周りの性質の本質を掴んでいた。

■それらの力や認識を身に付けられたのは何でか?
雷などによる山火事、噴火も含くめて、自然の中で「火」を見ることは出来る。しかし、じっくり観察していては逃げ遅れてしまうし、着火の瞬間を観察するのも難しい。従って、自然を観察して真似したり、循環を促すだけでは「火」を常用することは出来ない。上記の法則や仕組みを見出すために人類は、相当の年月をかけて実験→観察、仮説思考を何度も繰り返していったと考えられる。

★その徹底した追求の原動力は、エネルギーの渇望⇒万物との一体欠乏人類は極限的な外圧下を生き延びるエネルギーを求めており、そのエネルギーが凝縮した状況として火に着目した。
ここで重要なのは、変化し続ける万物のエネルギーの様相として火を捉えていたということ(そこから様相が変われば、水にも土にも木にもなる)。まず、万物のエネルギーがあり、その変化するエネルギーの本質を捉えるために実験、観察、仮説を何度も繰り返していった。
つまり、それは現代科学の要素還元主義のように、個々の性質を繋げて全体を見ようとしているのではなく、全体のつながりの中で、どう変化してゆくのかを掴んでいく思考である。

★また、資料などを見ていても、つい「道具を生み出すために、知能が進化した」と思ってしまうが、実際はエネルギーの本質を掴むことが目的だった(道具はその結果にすぎない)。
そして、その視座に立てば、火が消えても燃え続けても、「こうしたら、こうなる」という新たな発見の連続であり、そこに失敗もしくは成功(正解)という概念はない。
⇒常に全体を掴んで、エネルギーが凝縮していそうなところを掴み本質を見出してゆく。個々の現象やエネルギーを行ききしながら、全体の中の一部として、性質や特性を追求し塗り重ねていったということ。

■発声機能が進化したのは何でか?
本質の追求は一人では出来ない。みんなで追求するために掴んだものを再現しようとして発声機能が発達していった。→それによってみんなで追求の塗り重ねスピードが上昇したと思われる。

■発声機能で追求スピードがあがったのは何でか?
掴んだ本質を再現することで、対象が目の前になくても追求し続ける事が出来るようになった。
また、音声に置き換えることで、掴んだ本質を仮固定することが出来る。しかも音声は、ボディランゲージよりも、補足・組み換えが容易に出来るので、追求の塗り替えスピードが上昇した(変異するために仮固定することができる)。つまり、言語能力とは、言葉でみんなの掴んだ本質を再現して仮固定することで、みんなの追求を促す力ではないか(みんなを黙らせたり、納得させるために言葉を生み出したのではない)。

★つまり、7万年前が一番発明が集中していたのも、追求の塗り重ねスピードが上がっていったから。最も著しく観念が発達したのは、この時期と言えるのではないか

・そのような進化を経て、3段階目の3万年前後は、捉えている像やそれを表現する能力がより緻密になっている。さらに数字など抽象概念が登場し、より抽象度が増したものが表現できるようになった。

3.スンダランド(現在のインドネシアあたり、当時は大陸)やシベリアにまで、広域かつ大規模な地域への適応が可能になったのはなぜでしょう?

■広域に移動出来るようになったのは何でか?
→火の使用、道具の使用等により防衛力、防寒力があがった。
また、観念の塗り重ねスピードが上がったことによって、過去の経験だけでなく、現状のあらゆる要素も組み合わせて、「こっちに行ったらこうなる」という先読みが出来るようになったのではないか。

■行った先で生き延びられるようになったのは何でか?
例えば、これまで足を踏み入れたことがない地域で、どこが安全か、何が食べられるのか、水はどこにあるのか、気候の変化など、その場で掴んで「どうする?」を瞬時に判断しないと生きていけない。この未知への適応力も、本質を見出す追求の塗り重ねスピードが上がったため。
⇒このように人類は、DNAの変異ではなく、観念進化によって各地に適応していった。
その結果、交配出来る=同じ種として世界中に人類が分布することが出来た。

■人類は何で、広範囲に移動したのか?
ex.思春期の未知探索追求/火山噴火等により、その土地に住めなくなって仕方なくいった。/集団が増えたことにより、新しい土地を求めて移動した

生物は一旦その環境に適応したらそこに生息し続けるもの。外圧が変化し、生息出来なくなった場合は、ニッチを求めて拡散するが、その場合は新たな環境に適応して種が変わってしまう(生息地を変え続ける種はいない)。また、人類史をみても、先祖代々の土地を捨ててまで積極的に外に出ていく部族はほとんど見られない(回遊し続ける遊牧部族や海賊くらいか?)。従って、未知探索の欠乏にかられたからと言って自ら移動したとは考えにくい集団人数が増えて万物と調和しきれなくなった、天変地異が起きたなど、移動せざるをえない事情があったから移動したのではないか。但し、各地でかたわのサルから人類の進化が起きたとすれば、広範囲で移動したともいえない。ここの真偽は今だ未解明の領域である。

★進化過程をまとめると
〈1段階目〉→ 循環の世界観との解明が進み行動にまで落とし込まれた。
〈2段階目〉→ 事実法則の塗り重ねと構造化、スピードが上がった
〈3段階目〉→ 像がより緻密になり抽象的なものまで再現できるようになった。

 またこれらの土台には、槍の発明で洞窟の外の世界と接する機会が増え、探索する機会が増えた(未明課題の増加)ことがある。こうして観念進化したことにより、氷河期を乗り越え広域かつ大規模な地域への適応が可能になった。