1/28、2/4「集団規模と統合様式の変化②」~自然圧力が同類圧力を規定し、それらが世界観を創っていく~

前回は「集団規模と統合様式の変化」をテーマに、集団規模をどのように統合していったのかの追求となりました。

集団全体で取り組む共通課題(=実践方針)を共有することで集団の統合度を高めていったと考えられ、親和や共通課題の前提には“世界観の共有”が不可欠であること。世界観が違えば、現実をどうとらえるか(=状況共認)が違ってくるので判断も規範もそろわない(人材育成においても、能力問題に目が行きがちだが、そもそも捉えている世界観が違うと擦りあうことはない)。

つまり、世界観の共有⇒理論追求が集団の統合軸となっていたことが明らかになった。また、以上のことから、大規模集落を統合するためには非日常的な、大掛かりで多面的な場が必要となる。そして、それを担っていたのが“祭祀場”だったのではないか。祭祀とは「世界観の共有(祀り)」や「親和形成(祭り)」、「共通課題の追求と共認(政り)」を実践する集団統合の要だった。

今回は上記の追求を前提に、以下の資料を題材にして、『■前回の復習』で理解不十分なところや疑問点を追求し、下記の設問を通して地域の自然圧力、同類圧力の強さと世界観の違いを明らかにしていき、「世界観がどのように創られていったのか」を明らかにしていきます。

【1】資料『■前回の復習』に目を通し、理解不十分なところや疑問点を整理・追求してください。

実際の実現塾では、

適応欠乏とは具体的にどういうことか?/力の欠乏が何で頭数になるのか?/リーダーをどのように選んだのか?/集団が集結したとしても、緊張状態は解決しないのではないか?/リーダーをどのように選んだのか?/150人という規模はどこからきているのか?/祭祀場では具体的にどういうことをしていたのか?/世界観とはどういうものか?/自然観・世界観をどのように共有していたのか?

などの発信がありました。

■適応欠乏とはどういうことか?生存本能と何が違うのか?
適応欠乏とは一般的には「危機が来たら逃げる」などの生存本能の事をいう。しかし、ここでの適応欠乏はもっと深い次元にある。
例えば、種間闘争で弱い魚が生存圏を確保できずに浅瀬に追いつめられ時には、今までのように逃げてもしかたがない。それまで同類の圧力がなかった状態から、急に縄張りの重合が起きた人類も、今までのような「友好でにっこりご挨拶」では済まなくなった。
それくらい環境が大きく激変するという事が生物史上ではいくらでもある。適応欠乏とは、そのような逆境(=生存環境の激変)に対して、哺乳類までであればDNA、サル・人類であれば共認or観念内容の変異・組み替えによって、新しい適応方式を見つけて行くということ。それがないと生物は進化もしないし、生き残ってこれなかったというほど根底的な次元のものである。

■何で「力の欠乏」が「頭数」に収斂したのか?なぜ集団は集結したのか?
・縄張りが重合した人類は、「生存圏を確保したい(相手が入ってこられないようにしたい)」という縄張り闘争の本能が刺激され続け、勝つための力の欠乏にかられるようになる。体格や物理的な力では差が付きにくい同類闘争において、縄張りを勝ち取るための最大の力は、集団の大きさ=頭数となった。
・同時に人類は、一体化充足を最大の活力源としており、同類との衝突を避けようとする一体欠乏が根底にある。
・更に「縄張りが重なる」ということは、常に全方位で縄張りを侵し合う緊張状態が続くという事。放っておいたら至る所で小競り合いが生じるこの無秩序(無政府)状態を秩序化したいという欠乏も生じる。集団が集結し統合されると、それまでバラバラだった集団間の争いが統制され秩序化される。これは安定に向かうという点で、一体化欠乏に近いベクトルでもある。
◎つまり、無秩序状態に対する秩序化欠乏と、一体欠乏、そして縄張り闘争に対する力の欠乏が相乗収束して、集団は集結していった。

<概略図解>
   ┌―――→縄張り本能===⇒力の欠乏==
   |                 ↓↓
縄張り重合―×―争いを避けたい一体化欠乏⇒集団集結
   |                 ↑↑
   └―――→無秩序状態==⇒秩序化欠乏==

■現在、価値観を共有することすら難しいのに、世界観はどうやって共有されてきたのか?
価値観は個々人に内在するものであり、信じ込んで変化しないし、共有するのが難しい。それに対して、自然観・世界観は対象認識そのものであり、(状況によって)変化する。外部世界を対象にするからこそ、異なる認識が出てきた時にも、「どっちかが正しい」ではなく、「どっちも正しく、どちらかだけでは不十分」というスタンスに立てる。そして、事実かどうか、整合性をどれだけ極められるか?と共に追求し、だんだんと塗り重ね、統合することができる。
現在よく「それぞれの価値観を大事にしましょう」という教育がなされているが、本当に必要なのは、一緒に自然観・世界観を追求するという事。人類は一貫して外部世界を対象に追求することで観念を進化させてきた。つまり、異なる世界観の集団を統合する必要に迫られたこの時代は、より普遍的な方向を目指して観念進化が一段と進んだ時代だったもいえる。

⇒★世界観が違うから争いが生じるのか?
・価値観が違うから、宗教が違うから争いが起きるとはよく言われる。しかし、歴史を見てみると、アメリカ大陸の原住民は白人にやられるがままに受け入れたし、弥生人が来た時にも縄文人は争わずそのまま迎え入れた。世界観が違う場合、基本的には関わらない、共存共栄or互いの世界観を尊重して交わらずに終わる。
・逆に言えば、世界観が同じだから、同じものをめぐって争いが起きる。例えば、出世競争は「地位や財産が欲しい」と互いに思っている者同士が闘う。出世競争が激しかった年配世代と、出世に興味のない若者は争いにならない。受験も入りたい学校が同じだから争いになる。
◎世界観が同じだと、同じ欠乏が生じる。その欠乏を充たす収束先が同じだからこそ、その対象をめぐって争いになる。
但し、同じ欠乏になっても争わない場合もある。縄文人は、同じ欠乏になっても、「自分のモノにしたい」という欠乏がなかったら争わなかった。(同じ欠乏があって、互いに自分のモノにしたいときに争いになる。)同じ欠乏であっても世界観によって、どう対処するかが変わる。

【2】資料なども参考にしながら、日本と西アジアにおける、自然圧力、同類圧力の強さと世界観の違いを明らかにしましょう。

実際の実現塾では、

西アジアは乾燥地域なので、日本より自然圧力、同類圧力が強く、緊張状態が高かったのではないか?/鳥葬なのは何でか?/西アジアは緑が少ないので、緑があるところに集結していったのではないか?/西アジアは土地が乾燥しているから埋葬ではなく、鳥葬とか別の方法をとったのではないか?/日本は万物との一体化、西アジアは外圧が高いので、力で統合していのではないか?

などの発信がありました。


・日本は広葉樹林で、木の実や落ち葉があり、微生物もよく育つので土も豊か。従って、集団が密集しにくく同類圧力が小さい。一方で、火山や地震のように太刀打ちできない自然災害が多いので、大災害によって生存域が狭まり人口が密集する可能性もある。(現に、大集落が築かれた縄文中期は、火山爆発が立て続けに起きた時期に重なる)
・それに対して、西アジアは乾燥地帯で土地が貧しく、川の近くにしか緑がない。従って、限られた場所に集団が密集し、同類圧力も高くなる。更に、比較的豊かな川の近くでも氾濫や土砂崩れによって、一気に食糧難に転じることもある。恒常的に貧しく、生産力の地域差・不均衡が生じやすい環境が、同類間の緊張圧力をより強める要因となっている。

■日本は埋葬、西アジアは鳥葬・風葬なのは何で?
・日本は「土に還る」という言葉が象徴するように、土を様々な生命の土台や循環の起点と捉えたのではないか。
・それに対して乾燥して地面も固く、掘るのも大変な割に埋めても分解(→循環)されない西アジアでは、定住前からの歴史を持つ最も原始的な風葬(遺体を風化するまで外に置いておく)が残った。また鳥葬の風習からは、「天に還す」という意識が伺える。そこには、恵みの雨(水)をもたらす「天」を循環の起点と捉え、鳥(=禿鷹)を世界を循環させる導き手or天の遣いと捉える世界観があるのではないか。

■西アジアが神殿で食料の分配を行うのは何で?
・日本のように豊かな土地では、食べ物に余裕がある前提で「お裾分け」「困った時はお互い様」と食料を循環(行き渡らせること)できる。
しかし、恒常的に貧しい西アジアでは、生産高が生存ラインを下回る地域が必ず生じ、それが集団内の衝突を引き起こす要因にもなった。(快くお裾分けするほどの余裕がない)
⇒そこで一旦、食料を「万物の循環の起点である神(天)への捧げもの」として神殿に納めさせ、「集団内の誰のものでもない、神(天)のもの」とし、「神(天)からのお恵み(施し)」として再分配することで、集団内の衝突を回避しながら、相互扶助を実現していった。

・分配が【祭祀場】でなく【神殿】で行われる理由もそこにある。祭祀場は、埋葬や飲み食い、踊りも含めた祭りの場であり、世界観を共有する追求や祈りの場でもあった。そうした現実の人間関係から切り離し、祈りに特化した神聖な場として【神殿】を作り、そこで行われる分配の公平性を保つことで集団内の衝突を回避しようとしたと思われる。集団の当事者から切り離された存在を措定して公平性を保とうとするこの発想は、現代の「第三者機関」によって公平性や透明性を保つ発想に繋がっている。

・実際の分配は神殿で神に仕える神官や巫女が司り、それが集団の統合階級となる。その統合階級は公平性と同時に、集団を統合し、厳しい局面を突破する力の欠乏に応える存在でなければならない。従って、単位集団から切り離された第三者機関であると同時に、神殿を作るくらいの(観念)力をもった集団が専任したと思われる。

※単位集団の代表者が統合階級になると、「自集団に有利なように」という意識が働くorそうみなされるので、公平性が保てない。⇒神にのみ仕える聖職者や高い(未知の)技術力を持って移住してきた他部族など、単位集団との関わりが薄い者が統合階級になったのではないか

※塔や高い石壁などの巨大建造物も、厳しい外圧に対抗する力の欠乏の表れであり、それだけのモノを作る技術力やその背景にある観念力の象徴。力を示すことが集団統合に繋がり、力を示すor強くすることが集団の高度化課題となった。洞窟時代から、西アジアや西欧ではエネルギーの増幅や力の欠乏を原動力に観念力を磨いてきたと思われる。
それに対して、日本は環状列石などに見られる自然の摂理の解明や、土器や土偶に見られる循環の世界観の表現に追求の照準が当たっている。これも、世界観が変わると高度化課題の中身が変わるということの典型例と言える。

【3】日本と東アジア(興隆窪文化)の世界観の違いも考えてみましょう。

実際の実現塾では、

中国は川が多いことから、川の氾濫も多かったのではないか?/龍はどういう概念から出来ているのか?/龍は実在していないが、どのように生み出されたのか?/龍が集落のど真ん中におかれているが、中国ではどういう存在なのか?

などの発信がありました。


・中国の自然外圧は、日本程豊かではないが西アジア程貧しくもない。また、川が多く、比較的豊かな上流に遺跡が集中しており、同類圧力も日本と西アジアの中間くらいと思われる。(遼河程の大河となれば、上流と言っても水流が多く、下流は洪水や氾濫も頻発し、川の周辺も葦などの草ばかりで豊かでない。)
集落の真ん中に、龍がいるのが最大の特徴。(龍は、皇帝からマフィア、ラーメン屋までシンボルとする中国の象徴。21世紀の世界の覇権を握る中国を理解する上でも、龍は大きなカギとなる。)

■龍は、何を表しているのか?
・日本の神社にも水に関係するところには龍がいることが多く、水神様としてまつられる事も多い。つまり、龍は川の化身であり、水の力の象徴である。
・時代が下って紅山文化になると、「シカとイノシシと鳥の頭を持ち尾は魚」と表現されることもあり、「登り龍」という言葉や「鯉が上流に登って龍になる」という説話もうまれてくる。つまり龍には、恵の象徴でもあり、「天」の世界観や出世(豊かさ)を象徴する側面もある。
・また、実在の生物を組み合わせでできている所は、世界観の統合の過程で生み出された力の象徴であることを感じさせる。(力と力を合わせて最強の力を生み出す発想)それは、どの集団にも属さない抽象観念=天を統合軸にした西アジアと、万物の奥に八百万の神(精霊)を見て循環・調和を追求する日本の中間的な観念形態だとも言える。

■全体を通して何が言えるか?
自然圧力が、同類圧力の強さを規定して、自然圧力と同類圧力が世界観が規定する。そして、世界観によって欠乏や観念進化の方向性が規定される。
調和の世界観と力の欠乏から見た世界観では、最先端の高度化課題も違ってくる。つまり、他の文化を掴もうとしたら、相手の置かれた外圧を掴む必要がある。
◎全体から見れば貧しい土地でも、その一帯の中では比較的豊かな場所ができると、人口が密集しやすく、特に同類圧力が大きい所が生まれる。
どの世界観や統合様式も、同類との争いを回避して一体化するためにどうする?の軸上で生み出された。そうして古代文化で生まれた世界観は驚くほど連綿と現代まで息づいている。

以上が今回の実現塾の内容になります。

次回は「集団規模と統合様式の変化③」です!
皆様のご参加をお待ちしております♪