代表メッセージ

「今何をすべきか」代表取締役社長 岡田順三郎

能力の高さはどれだけ遊んできたかに規定される

闘っている経営者たちを見ても、あるいは社内の闘えている人材を見ても、彼らの資質は子供のころの遊びの中で形成されたものであることがうかがえます。つまり能力の高さは、幼児~小学生のころに夢中になって外遊びに興じていたかに規定されているようです。
 でも、それはなぜでしょうか。一昔前まで、子供の遊びは、ほとんどが大人の仕事の真似ごとでした。それは哺乳類の本能だからで、例えば子犬のじゃれ合いも、狩りの予行演習になっています。つまり、遊びはその先の仕事に直結しており、体力も関係力も追求力も、生き抜いていくために必要な基礎能力の全ては、遊びの中で形成されてきました。

男をやる気にさせる女がいる集団は強い

また注目すべきは、女の子の遊びと男の子の遊びはすでに幼少期から異なっているということです。男の子の遊びは、闘争や冒険の予行演習に類するものが多いのに対し、女の子は、おままごとに代表されるような子育てや家事の予行演習に類するものが多くなっています。
 あるいは、女の子はすでに2歳くらいから、どうしたら可愛がってもらえるかという関係能力を無意識に磨いてきています。それは、男には真似のできない、非常に優れた能力です。

企業が求めているのは、闘争力と充足力

このように、男は闘争、女は充足という役割を互いに共認して、男と女は助け合い、調和してきました。
 この役割→能力は、約4億年前に雌雄が分化して以来、数億年に及ぶ進化の塗り重ねの上に成り立っており、それは間違いなく生命原理の一つです。
 それを一言で言えば、いい男とは闘争力の高い男、いい女とは充足力の高い女のこと。そして、そのような闘争性と充足性こそ、今やどの企業も求めている最も根本的な能力です。

「勉強嫌い」は健全な証拠

このように、子供のころどれだけ夢中になって仲間と遊ぶかが、将来の仕事能力を決めていますが、それに対して、いわば全く余計なもの、それが「勉強」です。なぜなら、成長の全ては遊びと仕事の中にあり、そこには「勉強」など存在していないからです。ですから、子供が勉強嫌いになるのは当然で、むしろ、その方が健全です。
 にもかかわらず、学校や親は勉強を強制してきます。本来必要のないものを強制されること、それは子供にとって死ぬほど苦しいことですが、その強制圧力に従っているうちに、決められたことに従うだけの順応回路ができ上がってしまいます。しかし今や、決められたことしかできない順応人間では現実社会で全く役に立てません。

上から教える教育は、内発の成長原理に反している

今や追求力の時代。経団連の文科省に対する要望の中でも明記されているように、今やどの企業も志と追求心のある人材を求めています。しかし学校は(小・中学校から大学まで)、その要望に全く応えることができていません。なぜか?
 それは上から教える教育が、生命原理(成長原理)に根本的に反しているからです。例えば、「教えたら分かる」「教えられたら分かる」というのは錯覚に過ぎません。実際、上から教えられたことは、ほとんど身に付きません。それでは肉体化しないからです。身に付くのは、遊びがそうであったように、自分の頭で(=内発で)追求した認識だけです。

活力どん底の日本人

さらに、能力以前に足りないもの、それが「意欲」です。現在、日本人の活力は世界最低レベルにまで落ち込んでいます。人々が貧困にあえいでいた時代は、いい生活を手に入れる⇒そのために私権(地位や財産)を獲得することが大きな目標でしたが、’65年ごろ豊かになり物が有り余る時代になると、いい生活はもはや目標にも活力源にもならなくなりました。

「今何をすべきか」代表取締役社長 岡田順三郎

日本人と縄文体質

しかし、これは先進国共通の原因であり、それだけでは日本人だけがここまで活力が低下してしまった説明がつきません。なぜ日本人だけが活力どん底なのか。それは、1万年におよんで形成された、日本人の縄文体質にあります。島国であるがゆえに略奪闘争の波を逃れ数百年前まで共同体を維持し本源体質を残していた日本人にとって、いい生活⇒そのための私権追求という私権活力は借り物の活力で、肉体化(DNAに刻印)されてはいません。ですから、豊かさを実現し私権の強制圧力が衰弱した途端、日本人の活力は一気にゼロに近くなってしまいました。

活力源は役割充足と追求充足

従って、私権の獲得に代わる新たな目標あるいは活力源を見つける必要があります。
では、新しい活力源は何か?もともと、私権の強制圧力に覆われるまでの人類500万年の活力源は、周りの期待に応える役割充足と、期待=課題に応えてみんなで追求する追求充足でした。ところが、5000年前(日本では1500年前)に登場した私権の強制圧力によって、人類本来の役割充足や追求充足は抑圧され、封鎖されてきました。
 しかし、豊かさの実現によって私権の強制圧力が衰弱してゆけば、人類本来の役割充足や追求充足が再生されてゆくのは必然です。実際、現在すでに、仲間充足が最大の活力源になり、「役に立ちたい」という願望が目標代わりになっています。

西欧科学が閉塞の根本原因

このように、本源可能性の実現に向かう潮流は間違いなく上昇し続けています。ところが、活力源は仲間なのに現実にはいじめがあったり、もっとやりたいことがあるのに勉強を強制されたりして、現状は本源充足を実現することができずに立ち往生しています。
 その実現を阻んでいるのは、学校制度を初めとするさまざまな社会制度ですが、それらの制度を作り出したのは、観念(言葉や思想)です。そして、現代の制度を生み出したのは、西欧観念、つまり自由・平等・博愛や個人主義や民主主義や権利主義という観念群です。学校の教科書も、全てこの西欧観念によって記述されています。
 この西欧観念は、全て「あるべき姿」を表した言葉、つまり頭の中だけの綺麗事に過ぎません。例えば、「みんな仲良く」という言葉は、いかにももっともらしい言葉で、誰も反論できませんが、現実にはいじめやスクールカーストが蔓延っています。むしろ、「みんな仲良く」という言葉は、現実が苦しいものであるがゆえに現実から反転して作られた架空観念に過ぎません。自由や平等や民主や権利という言葉も同様で、現実が苦しみに満ちているがゆえに現実から反転して作られた架空観念に過ぎません。

思考ベクトルの反転

現実に生きる人々は、みんな行動しながら追求しています。発明家や起業家はもちろん、経営者や会社員も、みな行動する中で現実を直視し、事実を追求し、それなりに答えを出して生きています。それが、人類本来の当たり前の思考のベクトルです。
 ところが、架空観念の思考のベクトルは、現実ではなく現実から反転した非現実の世界に向かっています。
 全ての生物は現実を対象化して生きており、思考ベクトルを逆転させた西欧観念は、生命原理に根本的に反しており、狂っています。

人類の使命=類の使命

現在、先進国や中進国には際限のない活力衰弱や少子化や環境破壊など、このままでは人類滅亡に直結するような問題が山積していますが、誰も答えを出せないでいます。その原因が、思考ベクトルの逆転した架空観念にあることは明らかです。
 人類の最先端機能は観念機能であり、この観念機能によって人類は進化し、ここまで生き延びてきました。その観念機能がこのまま答えを出せなければ、人類は滅亡します。従って、架空観念に代わる新しい観念を作り出すことが急務です。
 西欧観念によって自然の摂理を大きく踏み外した人類を正しい道に導くのは、自然の摂理に則った事実の体系となるでしょう。我々は西欧観念が見捨てられた直後から、50年以上に亘って自然の摂理と生命原理の解明に取り組み、すでにかなりの構造認識を蓄積することができました。
 この事実の体系の構築こそ人類の勝ち筋であり、それを作り出すことこそが君たち若者に課せられた最大の使命です。そのような志が芽生えればそれこそが生きる目標となり、真の意欲と追求力を生み出してくれるはずです。


代表取締役社長 岡田 淳三郎

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