八千代市庁舎の鳥瞰パース
技術紹介

市民の拠り所となる未来の庁舎とは ― 八千代市庁舎の設備設計思想に迫る―

八千代市庁舎
千葉県八千代市
行政施設という枠を超え、市民の日常に寄り添い、非常時には命を守る砦となる。そんな新しい価値を持つ庁舎を設計しました。単なる「手続きの場」ではない、「行きたくなる庁舎」は、どのような思想から計画されたのでしょうか。今回は、設備設計を担当した渡辺 大貴(わたなべ だいき)と久保田彰子(くぼたあきこ)に、その設計プロセスと込めた想いを聞きました。


設備設計・渡辺 大貴
2019年に類設計室入社。大型研究開発施設や学校など多岐にわたる施設の設計に従事。設備設計の枠に囚われず、領域横断型の提案を積極的におこないながら、統合度の高い成果をあげている。

設備設計・久保田彰子
2002年に類設計室入社。人が心地よいと感じる空間を大切にしながら、自然環境にも想いを馳せて提案をおこなう。近年は人材育成にも積極的に関わりながら技術継承にも力を注ぐ。

変化する時代の中で、庁舎が果たすべき役割とは

Q まず、今回のプロジェクトで八千代市からはどのような期待が寄せられていたのでしょうか?

A(渡辺) 八千代市の庁舎建設担当の方々と対話を重ねる中で見えてきたのは、「30年、50年にわたって市民にとって価値ある場所であり続けてほしい」という強い想いでした 。DX化が進み、行政手続きがデジタル化されていく未来において、「それでも市民が庁舎を訪れる意味とは何か」という根源的な問いが、設計の出発点となりました 。

単なる手続きの場ではなく、市民の交流拠点やイベントスペースになったり、新たな刺激や出会いが生まれ市民の拠り所となる。時代の変化に対し柔軟に、進化し続ける庁舎が求められていました 。

Q「進化し続ける庁舎」という期待に応える上で、最大の課題は何でしたか?

A(久保田)平常時には、事務手続き以外の地域交流などを開催し、空間的にも「ここに来ると心地いい」と思えるような、開かれた居場所であることが重要です 。同時に、庁舎は災害時に市民の命と安全を守る砦でなければなりません 。

この二つを全く別のものとして設計するのではなく、日常の快適性や環境への配慮が、そのまま非常時の機能性や安心感につながるような、シームレスな設計こそが最大の課題であり、私たちが最もこだわった点です。

「行きたくなる庁舎」を実現する、心地よさの工夫

A(渡辺) 市民の方々が最も長く過ごす1階の窓口スペースには、特に配慮しました。広場との一体感を生み出すために大開口を設け、天井には木調ルーバーを設置し、温かみを演出しています 。

空調では、一般的な「気流方式」では風による不快感やホコリの舞い上がりが課題となります。そこで、今回は、静かでムラのない快適な空間を実現するために、床からの熱で直接人に働きかける「床輻射空調方式」を採用しました 。

床を二重構造にし、二重床上部には冷温水配管を埋設し、下部では熱回収を行う空調空気を送風しています。

(久保田)熱容量の大きい水を熱媒体とする冷温水配管による安定した放射効果と、床下を経由して窓際や壁際の床吹出口から室内空間に吹き出す空調空気によってペリメータゾーンの熱負荷処理も行っています。

また、床面全体が熱を放熱・吸収する放射面となるため、将来レイアウト変更を行う際の自在度が上がります。

日常の快適性が「非日常」の備えに変わる~免震クールトレンチの二重の機能

Qそれらの「日常」の工夫は、どのように「非日常」である災害時の機能につながるのでしょうか?

A(渡辺) まさに、そこが私たちの提案の核となる部分です。例えば、建物の揺れを大幅に抑える免震層は、災害対策の要です。私たちは、この免震層の空間を有事の際の利用だけでなく、建物の省エネルギー性と快適性の向上に寄与する免震クールトレンチのシステムを提案しました。

(久保田)免震クリアランス部から外気を取り込み、安定した地中エネルギーを利用することで予冷・予熱をおこなった空気で施設全体の換気をおこなう計画としています。地中エネルギーを利用した免震クールトレンチは、外気を予冷・予熱し、より快適な温度で施設全体に供給するとともに、空調負荷を抑制して省エネルギーを促進し、建物全体の快適性を向上させることが可能です。

Qそのような設備設計の工夫にあたって、どのような想いがありましたか?

A(久保田) 私自身、役場職員だった父が災害のたびに現地へ向かう姿を見て育ちました。その経験から、災害時に活動される職員の方々への感謝と、自然への畏怖の念が常に心にあります 。だからこそ、太陽光発電や雨水の再利用といった災害に備えるための設備が、特別なものではなく、日々の暮らしの中でも活用され、環境に貢献する。そんな当たり前をつくることが重要だと考え、設計を進めました 。

最後に

Q これからこの庁舎がどのように使われていくことを期待しますか?

A(渡辺) 建物は竣工することが終わりではないと考えています。この庁舎が、市民の皆さんにとっての「拠り所」となり、イベントや交流を通じて、常に新しい価値を生み出し続ける場所になることを願っています。私たちも、運営する方々と一緒に、この庁舎を育てていきたいと考えています 。

コラム)設備設計者に求められる能力と展望

設備設計は、建物の「心地よさ」をデザインする仕事です。

単に冷暖房や配管を配置するだけでなく、人々の行動、感情の動き、空気の質、光の当たり方、そして使いやすさまで、多角的な視点から「心地よさ」を追求します。この探求に終わりはありません。

また、地球環境への配慮は、現代の設計に不可欠な視点です。私たちは、単に自然の力に抗うのではなく、自然の摂理を理解し、その恩恵を最大限に活かした建築を目指しています。太陽、風、水といった自然の力を最大限に引き出す最適化設計こそが、真の「心地よさ」を生み出すと考えています。

必要なのは、特別な才能ではありません。専門的な知識はもちろん学びますが、何よりも「相手と自然を思いやる、素直で前向きな姿勢」をもって取り組んでいます。

建築概要

用途
庁舎
構造
鉄骨造
延床面積
13,211.65㎡
階数
地上5階

設計者

  • 渡辺大貴

    わたなべだいき

    東京設計室 設備設計部

    1993年愛知県生まれ。2019年名古屋工業大学大学院工学研究科・社会工学専攻修了。同年類設計室入社。

    1993年愛知県生まれ。2019年名古屋工業大学大学院工学研究科・社会工学専攻修了。同年類設計室入社。

  • 久保田彰子

    くぼたあきこ

    東京設計室 設備設計部

    1977年福岡県生まれ。2002年山口大学大学院 理工学研究科 環境共生工学専攻修了。同年類設計室入社。

    1977年福岡県生まれ。2002年山口大学大学院 理工学研究科 環境共生工学専攻修了。同年類設計室入社。

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